ChatGPTや画像生成AIの登場で、私たちが情報を得る方法は大きく変わりました。しかし、その中で注意すべき課題のひとつが「ハルシネーション」です。「幻覚」を意味する言葉ですが、AI分野では「もっともらしい誤情報を生成してしまう現象」として使用されます。
この記事では、ハルシネーションの一般的な意味から、AI開発におけるハルシネーションの仕組みや具体例、そのリスクと対策方法までをわかりやすく解説します。
ハルシネーションとは?
「ハルシネーション」という言葉は、使われる分野によって意味が異なります。
例えば心理学や医学の分野では、実際にはないものが見えたり聞こえたりする幻覚を指して用いられます。
一方でAI開発の分野では、AIが事実に基づかない情報をもっともらしく生成してしまう現象を意味して使用されます。例えば存在しない論文や人物についてAIが言及したり、歪んだ画像を生成したりするケースがこれにあたります。
ハルシネーションの種類
ハルシネーションには、大きく分けて「Intrinsic Hallucinations(内因性ハルシネーション)」と「Extrinsic Hallucinations(外因性ハルシネーション)」の2種類があります。
以下ではそれぞれのハルシネーションについてより詳しく解説していきます。
Intrinsic Hallucinations(内因性ハルシネーション)
内因性ハルシネーションとは、AIが自ら生成した文章の中で一貫性を保てず、矛盾や誤りが生じる現象です。これはプロンプトを与える人間の知識不足というよりも、モデル内部の文脈処理が不完全であることが原因です。
たとえば、ある段落で「東京は日本の首都」と述べたにもかかわらず、次の段落で「大阪は日本の首都」と書いてしまうといった矛盾が典型例です。
Extrinsic Hallucinations(外因性ハルシネーション)
外因性ハルシネーションは、AIが現実には存在しない情報を、あたかも事実のように生成してしまう現象を指します。これはAIが「知らないことを知らない」ために、もっともらしい答えを創作してしまうことが原因です。たとえば、実際には存在しない論文や研究者を出典として提示したり、架空の製品名を実在するかのように説明してしまうケースがこれにあたります。
AIがハルシネーションを起こす仕組み
AIが誤った情報を事実のように提示してしまう背景には、学習データの性質や大規模言語モデル(LLM)の仕組み、さらに入力プロンプトの与え方が深く関わっています。本記事では下記4つの要因について詳しく解説していきましょう。
- 学習データの性質
- 大規模言語モデル(LLM)の仕組み
- プロンプトの与え方
学習データの性質
AIは、インターネット上の膨大なテキストや書籍などを学習して知識を獲得しています。しかし、学習元のデータには誤情報や古い情報、あるいは専門的に正確でない記述が含まれることがあります。その偏りがモデルに反映されることで、出力内容にも不正確さが生じてしまうのです。
また、ある分野の情報量が極端に少ない場合、AIは信頼できる根拠を持てないまま「それらしい文章」を作ってしまう傾向があります。
大規模言語モデル(LLM)の仕組み
ChatGPTのような生成AIは、「正しい答えを導く」ことよりも「自然で一貫性のある文章を生成する」ことを目的としています。仕組みとしては、大量の学習データをもとに「次に出てくる単語を確率的に予測」して文章を作っています。
この性質上、文法的には正しく流暢でも、内容的には根拠が不十分な情報が生成されることがあります。AIが誤情報を提示してしまうのは、こうした大規模言語モデルにおける確率予測に基づく仕組みの副作用といえます。
プロンプトの与え方
生成AIは入力されたプロンプトに依存して応答を生成します。質問が抽象的だったり、前提条件が不明確だったりすると、AIは「最もありそうな回答」を想像して補完してしまいます。その結果としてユーザーの意図とは異なる、あるいは存在しない情報が出力されやすくなります。
例えば「最新の研究結果を教えて」といった曖昧な質問では、AIは過去の学習データから「それらしい研究成果」を作り上げる可能性があり、事実と異なる回答になるリスクがあります。
ハルシネーションの例
AIのハルシネーションは、テキスト生成と画像生成の両方で発生します。ここではそれぞれの生成において実際によく見られる事例を詳しくご紹介します。
文章生成でのハルシネーション
生成AIはもっともらしい文章を組み立てるため、存在しない情報をあたかも事実のように提示してしまうことがあります。代表的な例は以下のとおりです。
- 実在しない論文を「出典」として提示する
AIは質問に答えようとするあまり、学習データにない文献を「それらしいタイトル・著者名」とともに作り出すことがあります。 - 架空の人物を実在のように紹介する
特に固有名詞に関して、知識が不十分な場合に「実際には存在しない人物」を登場させてしまうケースがあります。 - 歴史上の出来事を誤って説明する
年号や出来事の因果関係を取り違え、「もっともらしいけれど間違った歴史解釈」を提示することがあります。
これらはユーザーが見分けにくいため、専門分野では誤解を広めるリスクが高い点に注意が必要です。
画像生成AIのハルシネーション
画像生成AIでも「それらしく見えるが現実には存在しないもの」が描かれることがあります。
- 人間の手が6本になってしまう
人体の複雑な形状を正確に再現できず、指や手の数が不自然になる事例がよく見られます。 - 存在しない建築物や文字を生成する
実際には存在しないデザインの建物や、意味をなさない文字列をリアルに描いてしまうことがあります。 - リアルに見えるが物理的に不可能な構造を描く
視覚的には説得力があっても、物理的には成立しない建築や物体が生まれることがあります。
ハルシネーションによるリスク
AIのハルシネーションは単なる技術的な不具合ではなく、利用する場面によっては深刻な問題を引き起こす可能性があります。特にビジネスや教育・研究の現場では、その影響を軽視することはできません。
ビジネスシーンにおけるハルシネーションのリスク
AIのハルシネーションは、企業活動にさまざまな形でリスクをもたらします。特に外部発信や重要な意思決定に関わる場面では、以下のような影響が懸念されます。
- 信頼性・ブランド価値の低下
顧客対応の誤案内や、AI生成コンテンツに含まれる不正確な情報は、企業の専門性や信頼性を損ないます。SNSなどで拡散されれば、ブランドイメージの大きな毀損につながります。 - 法務・コンプライアンス上の問題
契約書のレビューでの見落としや、存在しない判例の引用などは、重大な法的リスクに直結します。特に法務・金融・医療のように規制の厳しい分野では、巨額の損害賠償や制裁の可能性もあります。 - 経済的損失・業務効率の低下
誤情報を基にした投資判断や戦略立案は、直接的な損失を招きます。また、AIが生成した誤った分析やコードの修正に追われれば、かえって業務効率が下がるケースもあります。 - 誤った意思決定
経営レポートや競合分析に含まれる誤情報を基に判断してしまうと、戦略の方向性を誤り、長期的な競争力を損なうリスクがあります。
このように、ハルシネーションは単なる技術的な誤りにとどまらず、企業の信頼・法的責任・財務健全性・経営戦略にまで影響を及ぼす可能性があります。
教育や研究現場におけるハルシネーションのリスク
教育や学術分野では、学習者や研究者がAIの誤情報を事実として引用してしまう危険があります。
特に論文や学術研究においては、誤った情報が引用・拡散されることで学問的な混乱を招くリスクがあります。若手研究者や学生ほどAIに依存しやすいため、教育現場では特に注意が必要です。
ハルシネーションへの対策方法
AIの利便性を活かしつつハルシネーションのリスクを抑えるには、人間側の工夫と技術側の改善が不可欠です。
人間によるファクトチェック
AIの回答をそのまま信じるのではなく、必ず人間が裏取りを行うことが重要です。専門的なデータベースや公式情報を併用することでリスクを大幅に減らすことができます。
特に信頼性の求められる業務では、AIの出力をチェックするプロセスを仕組みとして組み込む必要があります。
AIモデル側の改善動向
AI開発企業もハルシネーション対策に力を入れています。
代表的なアプローチが RAG(Retrieval-Augmented Generation)といわれるもの で、検索や外部データベースと組み合わせることで、AIが事実に基づいた回答を出しやすくする仕組みです。OpenAIやGoogleをはじめ、多くの研究機関が改良に取り組んでいます。
まとめ
ハルシネーションは本来「幻覚」を意味しますが、AI分野では「誤情報の生成」を指します。大規模言語モデルの特性上、もっともらしいが誤った情報が生まれやすく、ビジネスや教育、研究など正確性が重視される分野では特に大きなリスクとなります。
そのため、人間によるファクトチェックや技術的な改善といった対策が不可欠です。
ハルシネーションはAIの大きな課題ではありますが、正しく理解し、適切に対策を講じることで、安心してAIを活用することが可能になります。