日本CTO協会が主催を務め、2024年7月16日・17日に開催された大型カンファレンス「Developer eXperience Day 2024」。「Developer eXperience(=開発者体験)」をテーマとし、その知見・経験の共有とそれに関わる方々のコミュニケーションのために計30以上のセッションが行われました。

本記事では、「メルカリ・LINEヤフー・ゆめみが明かす、開発文化と組織づくりの裏側」の様子をお届けいたします。

登壇者紹介

木村 俊也(株式会社メルカリ 執行役員 CTO Marketplace)

2007年より株式会社ミクシィにてレコメンデーションエンジンの開発やデータ活用業務を担当。2017年よりメルカリにて研究開発組織R4D設立とAIを中心とした研究領域リサーチを担当。2022年7月より執行役員 VP of Platform Engineeringとして社内プラットフォーム開発を統括。2023年6月に執行役員CTO Marketplaceに就任。

西 磨翁(LINEヤフー株式会社 技術支援本部 本部長)

組込ソフトウェア開発者としてキャリアスタート。同社ではアプリエンジニアとして入社。ヤフオク!をはじめとしたサービス開発に携わりながら複数のプロジェクトに参画。現職では全社の開発生産性およびエンジニアの働く環境の改善に従事。

大城 信孝(株式会社ゆめみ CTO / シニアアーキテクト)

沖縄県出身。2012年に上京しサーバーサイドエンジニアとして経験を積み、2016年にゆめみ入社。現在はシニアアーキテクトとして、主にシステムのアーキテクチャ設計やバックエンドの実装を担当。また2021年5月からCTOとして、あるべきゆめみのエンジニアリングについて第一声をあげる役割も担っている。

今村 雅幸(日本CTO協会 理事 株式会社BuySell Technologies 取締役 CTO)

2006年ヤフー株式会社に入社。Yahoo! FASHIONやX BRANDなどの新規事業開発に従事。2009年に株式会社VASILYを創業し、取締役CTOに就任。2017年にVASILYをスタートトゥデイ(現ZOZO)に売却し、会社統合とともに2018年、ZOZOテクノロジーズの執行役員に就任。CTOとしてZOZOのプロダクト開発やエンジニア採用・教育・評価などのエンジニアリング組織マネジメントなど幅広くDXを推進。2021年3月に株式会社BuySell Technologies取締役CTO就任。

情報発信文化の作り方

今村 雅幸(以下、今村):Developer eXperience Day 2024のトップに入賞された3社に、開発文化と組織づくりにおいてどんな取り組みをしているのかをお伺いしていきたいと思います。まず、各社が取り組んでいる情報発信文化の作り方について教えて下さい。

木村 俊也(以下、木村):メルカリは8年ほど前からエンジニアリング組織で情報発信をする文化があります。情報発信の文化作りに力を入れていて、文化づくりをするためには情報発信をする目的とゴールを言語化すること、そしてそれらを文書に残すことが重要だとメルカリは考えています。しかし、情報発信を継続するのが難しいという課題があったので、この1年間は情報発信の目的を整理することに力を入れていますね。中でもメルペイでは技術発信について3年分のロードマップを作りました。

今村:元から情報発信の文化があったメルカリでさえ、情報発信の目的の整理に重きを置くんですね。

木村:そうですね。どの会社にも共通して言えることですが、日々の業務をこなしながら情報発信の時間を作るのは難しいと思うんですよね。なので、エンジニアとして何を実現したいかを今一度考えて、組織の目線を揃えると良いかもしれません。メルペイはFintechサービスを提供していますが業界としての認知度があまり高くないので、メルペイエンジニアリングの取り組み自体が世界に認知されるような、最先端の技術を使いたいと考えています。世界に認知されるFintechカンパニーになるためにはメルペイはこの1年何をすべきか、どういう状態であるべきか、それを整理することで改めて組織のベクトルを揃えることができましたね。

西 磨翁(以下、西):LINEヤフーでは、勉強会コミュニティで技術の理解を深めてメディアや登壇で発信するという情報発信のサイクルがありますね。特に力を入れているのは勉強会コミュニティで、国内外問わず交流を図っています。例えば、Appleの世界開発者会議(WWDC)の前日にアメリカで交流イベントを開催して、エッジの効いたエンジニアの方々と情報交換をする機会を作っています。そうすると、LINEヤフーが日本で勉強会を開催した際に、イベントで出会った方々が良質なフィードバックをくださるので、ありがたいことに我々の情報発信のサイクルの質が向上します。

今村:なるほど。大きなイベントでエッジの効いたエンジニアと交流し、その人たちをターゲットにメディア発信・登壇する戦略は非常に勉強になりますね。エッジの効いたエンジニアたちと接点を作るのはそう簡単なことではありませんよね?

西:おっしゃる通りです。しかし根本的には、エッジの効いたエンジニアに会いたいと言うより、多くのエンジニアと仲良くなりたいという想いが強いです。勉強会コミュニティは初学者の方が多く、知識を網羅したマスターレベルのエンジニアが少ないので、出張先やカンファレンスなどでエンジニアが交流する場を作ることが重要だと考えています。

大城 信孝(以下、大城):ゆめみではアウトプット文化が浸透しています。個人による社外プラットフォームでの発信や、社内にある自分専用のSlackチャンネルでアウトプット、社内外での勉強会を多数開催しており、社内だけでなく社外のコミュニケーションも重要視しています。

今村:確かに、Qiitaなどでゆめみの方が書いた記事を目にすることが多いので、アウトプットが浸透していらっしゃる証拠ですね。会社としてテックブログを書くというより、個人での発信を推奨しているんですね。

大城:そうですね。以前は会社としてテックブログを書いていたこともありましたが、質の高い情報を発信するためには調査やレビューに時間がかかってしまうため、あまり発信できないんですよね。そのため、ゆめみでは個人でアウトプットする方針に変更しました。また、ゆめみで情報発信していたことが、いずれは個人の価値向上に繋がるというモチベーションで続けられているのだと思います。

今村:おっしゃる通り、情報発信はいずれ自分の糧になりますね。勉強会の開催に関して、社内外合わせて平均月100回前後、多い時には200回(※)ということに驚きを隠せないのですが、いったいどのようなからくりなのでしょうか?

大城:勉強会の開催数のからくりについては、ゆめみならではの働き方に起因していますね。ゆめみはフルリモート・フルフレックスを採用していて、勉強会は業務時間内でも開催して良いという体制なので、平均で週に20~30回のペースで勉強会を開催しています(笑)。また、勉強会を開催するのはエンジニアのみならず、デザイナーやPM、バックオフィスのメンバーなど様々で、部署問わず積極的にアウトプットしています。特にゆめみには自社に特徴的なサービスがないので、認知獲得のためにもアウトプットを増やして色んな方々と交流したいという想いもありますね。

開発者体験をよくするための取り組み

今村:続いて開発者体験をよくするための取り組みに関して、去年から今年にかけて注力していることなどありましたら教えて下さい。

木村:メルカリでは原理原則の整理を徹底しています。サービスの数が増えてきて、技術選定や技術をビジネスとうまくかけ合わせることの難易度が年々上がっているんですね。プラットフォームやソフトウェアの準備に非常に時間がかかってしまうので、様々なシナリオの予見をしておかないとシステムの準備ができないことから、ビジョンの明確化に力を入れました。エンジニアとして何を実現したいかを言語化し、エンジニアが先行してビジネスサイドに伝えることで、曖昧だったものがクリアになっていきました。エンジニアサイドとビジネスサイドの目線を合わせることは簡単なことではないですが、テックリードから「開発体験が良くなった」とのお言葉をいただいたので、やって良かったなと感じています。

今村:社員数が増えて企業が大きくなるほど、組織やプロダクトが向かう先を明確することが重要になりますよね。私も似たような経験をしたので非常に共感できます。ビジョンの明確化に関して、エンジニアが使う技術スタックも決めるのですか?

木村:そうですね。技術スタックを決めることは重要な論点だと思っています。最短パスで新規事業を作ったり、国際展開の新しいアーキテクチャを作るとなると、技術スタックを絞らなければいけません。一方で、技術スタックを絞りすぎるとエンジニアが新しいことを学べなくなるので、メルカリが使っている技術スタックを整理したうえで、新事業を始める際には技術スタックの選択肢を最初に決めることをゴールデンパスとしています。選択肢からはみ出てしまう場合は、アーキテクチャデザインレコードのようなイメージで、選定理由まで決めておけば円滑に進めることができると思います。“未知なものや不確実性を減らすこと”がポイントだと考えていますね。

西:技術スタックの話でいうと、LINEヤフーは2つの会社が合併したことにより、巨大な技術スタックがあります。そのため、LINEとヤフーどちらの技術スタックを採用するか、今まさに決めているところですね。木村さんがおっしゃるように、技術選定の判断軸を決めることが大事ですね。 判断軸を決めないと、意図しない技術が使われてしまいサポートしきれない環境になってしまいます。LINEヤフーでは技術スタックを選定できるように定量的なデータを集めている最中です。

今村:異なる会社が合併して技術を統一していくのは至難の業ですね。とはいえ、木村さんと西さんがおっしゃるように、技術選定の判断軸を決めるという地道な作業が結果として開発体験の向上に繋がるのですね。

木村:そうですね。地道な作業ですが、必ず乗り越えなければいけない壁です(笑)。ガイドラインを作ったら必ずといっていいほど意見がぶつかり合うので、サービスが増える前にガイドラインを作ってしまうのが組織にとって良いかもしれません。

西:LINEヤフーでは、エンジニアが生き生き働ける環境づくりに力を入れています。DevRel(=Developer Relations)組織というものがあり、エンジニアの困りごとの解消やイベント参加のサポートなどをしています。働く環境にも注力し、オフィスにはチームで働くためのエリアやペアプロ専用のエリアがあります。ペアプロエリアの近くには卓球台を設置していて、ペア同士でリフレッシュしてもらい仲を深めていただいています。LINEヤフーで働いている人は卓球がすごくうまいです(笑)。また、ハッカソンという社内イベントがあり、24時間の制限時間内でプロトタイプを作りデモンストレーションしてその出来栄えを評価し合います。ものづくりの楽しさを再確認できることもそうですが、LINEヤフーはユーザーに寄り添うサービスを提供しているので、企画部だけでなくエンジニアにもサービスのあり方を考えてほしいという想いがあります。実際にハッカソンを通してエンジニアが企画部やマネージャーにも意見をくれるようになりました。

今村:私も以前ヤフーで働いていた際にハッカソンに参加しましたが、非常に楽しかったので記憶に残っていますね。LINEとヤフーそれぞれにDevRel組織があったと思うのですが、合併したことで差分はありましたか?

西:そうですね。良い意味で差分はたくさんあります。お互いが取り組めていなかったことのノウハウを共有し合うことができ、相乗効果を生み出していると感じていますね。会社が合併してエンジニアの数が増え、コミュニケーションパスが非常に増えたので、コミュニケーションをとりやすくする方法を模索しています。

大城:ゆめみでは、働き方がフルリモート・フルフレックスになったことが開発者体験の向上になっていると感じています。オフィスでペアプロ・モブプロを行う場合、プロジェクターやディスプレイを占有したり会議室への移動があったりするので、あまり気軽にできない状態でしたね。しかしリモートワークになった今は音声通話だけペアプロ・モブプロの実施ができるので、非常にやりやすくなっていると思います。また、基本的にクライアントのプロジェクトにアサインされる時は複数名なので、レビュー体制やペアプロ・モブプロがやりやすくなったことは個人的にとても良い環境だと感じています。

今村:ペアプロ・モブプロがやりやすい環境は、開発者体験の向上において大切ですね。ゆめみのようなクライアントワークの場合、開発者体験向上の施策は自社プロダクトの会社とは異なりそうですね。クライアントワークならではの苦労もあるかと思いますが、開発者体験をよくするためのゆめみならではの取り組みはありますか?

大城:おっしゃる通り、クライアントワークなので技術の統一は基本的に厳しく、ゆめみでは各クライアントの問題解決ができる技術を採用しています。技術選定の判断軸は、社内に実績がある・その技術に詳しいメンバーがいるなどですね。技術選定をする前に顧客の課題を充分に掴むことを大事にしています。

質疑応答

情報発信にかかるエンジニアの工数管理

今村:それでは質疑応答に移りたいと思います。「情報発信にかかるエンジニアの工数管理はどのように整理されていますか?」という質問をいただいています。ご回答お願いします。

木村:メルカリでは工数管理はやっていないです(笑)。工数を気にしていないわけではなく、工数管理に関して特に決めていることはないですが、情報発信する意義や会社のビジョンを共有しているので、コンセンサスがとれている状態ですね。

大城:ゆめみでは「ゆめみのあたりまえ(=自律・自学・自責)をもとに判断してくださいね」と、個人に委ねています。なので、情報発信を自己研鑽とカウントして工数をつけない人もいれば、登壇は別途工数をつけている人もいますね。

今村:なるほど。情報発信の費用対効果はなかなか測りにくいですよね。工数管理に関しては、会社のビジョンを伝えて説明責任を果たしているということですね。

メルカリのAnnual Tech Surveyについて

今村:次の質問に参ります。「メルカリのAnnual Tech Surveyはどんなことやってるのですか?」という質問をいただいています。メルカリの木村さん、ご回答お願いします。

木村:メルカリではAnnual Tech Surveyという、1年単位で技術に関する様々なデータを収集し、分析する調査を行っています。調査項目はおよそ50個以上あり、オフィス環境や開発体験、チームワークなどについてです。そもそもなぜAnnual Tech Surveyを始めたかというと、メルカリは以前からサーベイ文化があり、働き方を始めとしたサーベイをたくさんやっていました。そしてある時ふと、サーベイ疲れしていることに気がついたんですね(笑)。なので、サーベイの回答頻度を年に1度に減らしました。Annual Tech Surveyは質問数が多いですが、1年に1度しか回答できないからこそ、回答率95%以上という結果に至っており、非常に良い取り組みだと感じています。

今村:毎月こまめにサーベイを実施するよりも年に1度に絞ることで、回答率だけでなく回答の質が上がるんですね。

質問ならびにご回答いただきありがとうございました。お時間になりましたので本日のセッションは以上とさせていただきます。ありがとうございました。

Developer eXperience Day 2024 イベントレポート一覧

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開発文化と組織づくり:メルカリ、LINEヤフー、ゆめみが語るDevEx向上戦略【Developer eXperience Day 2024】イベントレポートVol.2

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