“記憶” という誰も踏み込んだことがない領域で事業を展開しているモノグサ株式会社。目指すのは、誰もがストレスなく日常的に記憶ができる世界。今回は、同社のCTOである畔柳(くろやなぎ)さんにインタビューをお受けいただきました。従来の英単語帳の在り方に疑問を感じ、今のモノグサの事業を思いついた畔柳さん。「世の中に大きな影響を与えたい」という一心でキャリアを歩まれてきた畔柳さんのバックグラウンドや価値観、将来の展望に迫ります。
中学生にしてゲームを “楽しむ側” でなく “作る側” に
ー畔柳さんがエンジニアを目指したきっかけを教えてください。
きっかけは2つあります。1つ目は、ゲーム運営の経験です。中学生の頃、インターネットゲームにはまっていました。やり込む中で、そのゲームのソースコードが公開されている、つまり、誰でもコードをいじってゲームを作れることを知りました。“ゲームを作る” ということに興味を持った私は、サーバーを準備し、自分で変更を加えて公開してみたんです。すると、顔も知らないいろんな人から反応が来ました。それがとても嬉しくて。少し大げさかもしれないですが、自分が書いたコードが誰かの生活に影響を与えたってことじゃないかと。もちろん上手く行かないときもあるので「どうすれば良いんだ」と悩んだこともありましたが、それはそれで奥が深くておもしろかったです。結局、ゲーム運営は高校に入ってからも続けました。
ー中学生にしてゲームを作る側だったんですね。2つ目のきっかけはいかがでしょうか?
2つ目のきっかけは、大学進学時にソフトウェアを学べる学部を選択したことです。ゲームの運営経験もあり、純粋に興味を持っていました。ゲーム運営では、「どうすればユーザーに喜んでもらえるか?」ということだけを考えてコードを書いていました。ソフトウェアでどんな課題が解けるのかとか、効率的な構造はどのようなものかといった点は全く考慮できていなかったんです。しかし、大学ではソフトウェアを体系的に学ぶことができ、プログラムをコンピュータ上で動作させる上での基礎的な知識を身につけることができました。自分が今までやってきたゲームの運営活動と、大学での学びが徐々に繋がってきて、将来はエンジニアとして働こうと決めました。
ーゲーム運営や大学以外でプロダクトを作ることはありましたか?
学生時代に、エンジニアとしてインターンをしていました。1社はベンチャー企業。もう1社はGoogleです。どちらも、ソフトウェア開発のおもしろさをさらに感じることができたた良い機会でした。結局、院生時代のGoogleでのインターンをきっかけに、正社員として入社することになりました。
自分が作ったもので世界に大きなインパクトを与えることができるGoogleに入社
ーファーストキャリアとしてGoogleを選ばれた理由を教えてください。
1番の理由は、Googleが持つ莫大な影響力です。インターンを通して、自分の書いたコードで世界中の多くの人々に影響を与えることができるおもしろさを実感しました。その頃、私は修士2年目だったのですが、大学院を卒業した後は博士課程に進むつもりでした。そのため、就職活動も全くしていなかったんです。しかし、Androidチームでのソフトウエアエンジニアインターンを通して、「Googleに入社した方が、より多くの人々により簡単かつ明確な価値提供ができる」と考えました。また、Androidがオープンソースだったことも入社理由の1つです。私自身が公開されているコードを元にゲームを作っていたので、共感できたんです。自らがAndroidの開発に携わることで、私と同じような経験をしてソフトウエア開発に興味を持つ人が1人でも増えて欲しいと思いました。
ーずっとゲーム運営をされてきたということで、ゲーム会社への就職は考えられなかったのですか?
あまり考えていませんでした。自然な流れでいくと興味を持ちそうですよね。もちろんゲームに興味はありましたが、私の中では「多くの人に影響を与えたい」という想いの方が強かったんです。その想いを実現するうえで、Googleが最高の環境だと判断しました。
ーGoogleではどのような業務をされていたのですか?
Androidのチームで、ソフトウェアキーボード関連の開発をしていました。キーボードといっても日本語ではなく、英語やフランス語、ドイツ語といったラテン系の言語を中心に担当していました。具体的な開発領域としては、“ジェスチャー入力” と “パーソナライゼーション” の主に2つです。ジェスチャー入力とは、キーをなぞると推測で単語が入力される機能。パーソナライゼーションは、入力履歴や受け取ったメールの内容などをもとに、個々人にあった最適なテキストの候補を提示する機能を指します。このパーソナライゼーションの開発は、自分自身の志向性に大きな影響を与えてくれました。英語やフランス語のように話者数が多い言語は、ユーザ数もデータ量も多いのでどんどん入力の精度が上がっていきます。一方で、世界には話者数が100万人やそれ以下の言語も多くあります。そういった言語はデータ量も少なく、メジャーな言語に比べて入力の精度を上げるのは困難です。しかし、そのような言語の利用者の方々にもAndroidを便利に使っていただきたいので、パーソナライゼーションを用いて言語によらず入力の精度を上げる開発を行っていました。世界中の利用者に目を向けて、エンジニアリングでより良いものを提供していく。結果的に、Googleには4年間在籍したのですが、この価値観は今のモノグサでの事業にも大きな影響を与えています。
ーGoogleで働かれていたということでシリコンバレーの事情にもお詳しいかと思います。現地と日本のエンジニアリングの差は感じられましたか?
エンジニアの数に大きな差を感じましたね。Googleにおいても、個人の技術力としては日本法人にも素晴らしいエンジニアがたくさんいました。なぜこれほどイノベーションの差が生まれているのか。それはシンプルにエンジニアの母数の問題だと思っています。エンジニアの数が少ないと、エンジニアリングに重点をおいた事業や組織を作ることの難易度が高く、プロダクトを開発する上でどうしても様々な制約が発生してしまいます。しかし、シリコンバレーは世界中からたくさんのエンジニアが集まってくるので、その制約が日本に比べて少ないです。これが、イノベーションの差を生んでいる1つの要因なのではないでしょうか。
“記憶” を正しいアプローチにする:記憶の課題解決をするためにモノグサを創業
ーその後、現代表の竹内様とモノグサを創業されています。御社の事業内容を教えていただけますか?
学校や塾などの教育機関向けに、記憶定着の学習サービス『Monoxer』を提供しています。記憶のメカニズムの研究をもとに作られており、AIを用いて記憶の定着度を分析することで、一人ひとりに合った最適な問題を自動生成することが可能です。ユーザーがストレスなく記憶に取り組めるよう日々改善を続けています。
ーなぜ “記憶” の領域で事業をやろうと思ったのですか?
モノグサ創業前に竹内から、「世界中の単語を集めた単語帳を作りたい」と相談を受けたのがきっかけですね。私自身も単語帳について考えていく中で、ある違和感を感じました。「世界中には単語帳がたくさんある。しかし、どの単語帳も覚えるべき単語を羅列しているだけ。本来の単語帳の役割は “単語を覚えること” なのではないか?」と。この課題意識が、“記憶” という領域に着目し始めたきっかけです。世の中の多くの人がいろんなことを記憶したいと思っています。しかし、記憶に関する文献や調査を見ていくと、多くの人が非効率なアプローチで記憶しようとしていることに気づきました。実は私自身も記憶があまり得意ではなく、学生時代はかなり苦労した経験があります。記憶の課題を解決し、自分と同じような苦労をする人を1人でも減らしたい。そのような想いから、休日を使って検証のための開発を進めていきました。竹内と話を具体的にしていく過程で可能性が見えたので、記憶の領域で事業をやっていくことに決めました。
ーGoogleを飛び出して起業にいたる、畔柳さんを強く突き動かしたものは何だったのですか?
「自分が始めなければ、世の中に存在しなかったかもしれないものを提供したい」という想いですね。記憶に関する研究は日々進んでいるものの、そのナレッジをプロダクトに落とし込んで人々の課題を解決しようとしている企業はありませんでした。Googleでは充実した日々を過ごしていましたが、一方で優秀な人がたくさんいるので、「自分がいなくても替えとなる人はいくらでもいるな」と感じたんです。であれば、誰も踏み入れていない領域で、“自分にしかできないこと” をやろうと思い、創業にいたりました。
ー記憶領域の先駆者として事業を展開されていますが、なぜ今まで未踏の領域だったとお考えですか?
教育業界にいる人の多くが、記憶に対して問題意識を持っていなかったためだと思います。なんとなく、「記憶ってそういうものだよね。」と。教育者自身も、そうやって教育を受けてきたので、固定観念ができてしまっていたのかもしれません。我々は、人々の記憶に対する考え方やアプローチをアップデートし、より効率的に記憶ができる世界を創りたいと思っています。
ユーザーと徹底的に向き合い、世の中の非効率を解決したい
ーゲーム運営、Googleでの開発、創業と様々な経験をされてきた中で、エンジニアとして大きく成長したなと感じた出来事はありますか?
2つあります。1つ目は、修士1年目の頃にフランスの研究所に約5ヶ月間滞在した経験です。日本では、特に何も考えていなくても、なんとなくで生きていけると思います。しかし、フランスでは言語の壁があるので、コミュニケーションを取るのも一苦労。人生で初めて、「自分からアクションを起こさないと生きていけない」という危機感を感じました。この経験から、自分で考え、意見を持って何かを実現しようする姿勢の重要性を学びました。これは今でも、エンジニアとしてのスタンスや意識の土台となっています。2つ目は、Googleでの開発経験です。それまでは1人でゲーム運営を行っていたのですが、Googleではチームで開発を進める大切さを学びました。Googleは、マネジメントをかなり重要視している企業です。組織の構造やマネジメントによってチーム力を高めていけることや、それが開発力に繋がることを身をもって体感しました。この経験は、CTOとして組織づくりの役割を担う上で、非常に役に立っています。
ーそのような経験を踏まえて、エンジニアとして大事にされていることは何ですか?
ユーザーにとって価値や意味のあるものを提供することです。弊社のサービスの記憶をするための領域は、基本的に生徒の皆さんに使っていただいています。日々、事業開発チームのメンバーが会社として相対するのは、管理者としてMonoxerを活用いただいている学校や塾の先生です。先生たちの声だけでなく、ユーザーである生徒の皆さんの声もしっかりと聞き、本当に必要なことは何かを深く考えてプロダクトに反映しています。
ー技術を手段として、ユーザーの課題解決に取り組むことが大切ということでしょうか?
その通りです。一方で、個人的には新しい技術が好きなので、積極的に取り入れていきたいとも思っています。もちろん、ユーザーへの価値提供が第一であることに変わりはありません。そのため、バランスを考えた上で優劣つけがたい技術が2つあれば、積極的に新しい技術を採用していくスタンスです。また、記憶をソフトウエアで扱うことは前例がなく、新しい手法を考えていかないといけないケースもあります。
ー最近は文系出身のエンジニアも増えています。学生時代にコンピューターサイエンスを学ばれた畔柳さんにとって、このような知識はエンジニアにとって必要だと思いますか?
もちろんあることに越したことはないですが、なくても問題ないと思います。今は、フレームワークやライブラリが充実しているので、コンピューターサイエンスの知識がなくてもプロダクト開発は可能です。良いものをユーザーに届けようという意識を持つことが何より重要ですし、取り組んでいることをきちんと理解しながら進めれば、自然と必要な知識は習得できると思います。一方で、既存のものの組み合わせではなく、1から基盤やフレームワークを作ることが必要になるケースもあります。こういった場合は、さまざまなレイヤーの要、特徴やパフォーマンスを考慮した設計が必要になるので、体系的なコンピューターサイエンスの知識が役に立つと思います。
CTOとして、技術力の向上が提供できる価値の向上に繋がることを伝える
ーCTOとしての現在の畔柳さんの業務内容を教えてください。
大きく分けて3つあります。まず1つ目は、プロダクト開発です。直近だと、コードを書く量はそれほど多くないですが、今でも必要に応じてコーディングやコードレビューを行っています。2つ目は、プロダクトマネジメント業務です。開発が円滑に進むように調整する役割はもちろん、記憶の知見をプロダクトに落とし込んでいく作業も行っています。長期的な視点で、どのようなプロダクトにしていくべきかを常に考えていますね。3つ目は、開発チームの組織づくりです。採用から開発体制の整備、組織マネジメントを行っています。
ーCTOに就かれてから5年が経ちましたが、畔柳さんが考えるCTOにとって必要な3つの要素は何ですか?
会社のフェーズや事業によって変わってくるかと思いますが、今回は弊社の状況を想定してお話します。まず1つ目は、優先順位をつけること。プロダクト開発や組織づくりにおいて、やりたいことに対するリソースは常に足りない状態で進んで行かなくてはなりません。苦しくても、やることの優先順位付けを行い、社内に伝えていくことが大切です。2つ目は、何事にもスケーラブルに取り組む意識です。事業成長に合わせて、プロダクトの開発プロセスや組織体制を変化させないと、どこかで頭打ちになってしまいますよね。3つ目は、技術の重要性を伝えることです。モノグサはプロダクトを用いて、記憶領域の課題解決を図っています。そのため、高い技術力がユーザーへの価値提供の質の向上に繋がるということを、しっかりと社内外へ伝えていく必要があります。
“記憶” のストレスがない世界を実現したい
ー御社の今後の展望と、畔柳さん個人の夢を教えていただけますか?
モノグサの目標は、記憶を誰にとっても負荷のない、日常的なものにすることです。現状、弊社のサービスは学校や塾などの教育機関での導入が中心ですが、将来的には事業領域を拡大するつもりです。人生の全てのステージで記憶することはあるので、各ステージで最適な課題解決を行いたいですね。私個人の夢ですが、まずは会社の目標達成にコミットしたいと思っています。モノグサのサービスを世の中のいろんな人に使ってもらい、自分がこの世に存在した意味を残したいですね。これが、今の私のモチベーションになっています。「モノグサがなかったら人生変わっていたな」と思ってくれるようなプロダクトを提供できる企業を作っていきたいと考えています。
ー最後に、「こんな人と一緒に働きたい!」というメッセージがあればお願いします。
我々の事業に共感してくれる方と、一緒に働きたいですね。世界にはソフトウエアを扱う会社がたくさんあって、技術力がある方は、どこででも一定以上の価値提供ができると思います。その中での弊社の特徴はやはり、「記憶」を対象にしているところです。「記憶という領域に興味がある」「記憶の領域で価値提供がしたい」と思っていただける方と一緒にプロダクトを作っていけると嬉しいでね。ご興味がある方は、ぜひ弊社のHPよりお問い合わせください。皆さんとお話できることを楽しみにしています!
取材を終えて
「価値提供」、「インパクト」。今回のインタビューで頻繁に出てきたキーワード。ゲーム運営という少年時代の原体験から、一貫してソフトウェアを通じて多くの人に影響を与えてきた畔柳さん。かなり難解な領域にも関わらず、噛み砕いて丁寧な説明をしていただきました。記憶することは、誰しも悩むこと。この難解さを紐解いて、インパクトのあるプロダクトになっていくのかとワクワクさせられました。聞き手としても、もっと効率的な記憶ができるものが待ち遠しいです。
プロフィール:畔柳 圭佑(くろやなぎ けいすけ)
東京大学大学院情報理工学系研究科卒。コンピュータ科学を専攻、分岐予測・メモリスケジューリングを研究。2013年にグーグル株式会社に入社し、Text Frameworkの高速化およびLaptop対応、ソフトウエアキーボードの履歴・Email情報を用いた入力の高精度化、およびそれを実現する高速省メモリ動的トライの開発、ジェスチャー入力の開発を行う。高校の同級生である竹内とMonoxerを共同創業。